12月21日 12人の怒れる男
これは、陪審員のお話です。
ロシアの映画で、社会背景としては、チェチェン戦争(1994年から1996年にかけて、ロシア連邦からの独立を目指すチェチェン独立派武装勢力と、それを阻止しようとするロシアとの間で発生した紛争 ; Wikipedia より)のことがあるようですが、
予備知識不足により、細かいことまではわかりませんでしたorz
は、さておき、
チェチェン人の容疑者、にかけられた殺人容疑は、
裁判の時点では、目撃証言等もあり、明らかに有罪(有罪=終身刑)。
ですが、
一般市民から成る12人の陪審員のなかで、たったひとりだけが、
「ちょっと待って。人一人の人生がかかっているのだから。。。」
と、有罪決定に「待った」をかける。
次第に、皆が自分の経験を踏まえて、容疑者および容疑のことを真摯に考えていきます。
人一人の人生を、”法律”によって裁くのではなく、
人間の”慈悲”によって裁く、というのが陪審員制度、ということなのだと思います。
”同情して大目に見る”ということではなく、
日本でも来年度から始まる裁判員制度を考えた場合、
四角い法律では見極め切れない 部分 を、
陪審員制度で補う、という感じになると、
陪審員制度もうまくのかもしれないですね。。。
2008年12月14日日曜日
2008年12月13日土曜日
アフタースクール
アフタースクール
放課後のドキドキ感
を、
残念ながら、私はあまり記憶していません。
そんな私でも、
映画を観終わったとき、
彼らの長~~~~~い放課後の闘いの物語だったのだ、と解り、
温かい気持ちになりました。
複雑なストーリーではあったのですが、
謎解きが終わってみれば、旧い友達の絆が物語のバックにちゃんとあったからです。
闘いといっても、物語ですから、
深刻な闘争ではなく、楽しみながら観られました。
物語の途中、
野暮ったい中学教師(大泉洋)に対して、探偵が
「お前は世間知らずのつまらない野郎だ」というようなことを言っていたのに対し、
物語の勝負がついた後で、教師が、
「世間を知り尽くしたような体でシラケテいる、お前がつまらないのだ!」
というようなことを言ったのが印象的でした。
その言葉には、
私も少し、ハッとさせられました。
最近は、ふてくされた顔をして、仕事をしているからです。
周りの人には不快な思いをさせているかもしれません。
申し訳ない。
楽しい映画でした。
放課後のドキドキ感
を、
残念ながら、私はあまり記憶していません。
そんな私でも、
映画を観終わったとき、
彼らの長~~~~~い放課後の闘いの物語だったのだ、と解り、
温かい気持ちになりました。
複雑なストーリーではあったのですが、
謎解きが終わってみれば、旧い友達の絆が物語のバックにちゃんとあったからです。
闘いといっても、物語ですから、
深刻な闘争ではなく、楽しみながら観られました。
物語の途中、
野暮ったい中学教師(大泉洋)に対して、探偵が
「お前は世間知らずのつまらない野郎だ」というようなことを言っていたのに対し、
物語の勝負がついた後で、教師が、
「世間を知り尽くしたような体でシラケテいる、お前がつまらないのだ!」
というようなことを言ったのが印象的でした。
その言葉には、
私も少し、ハッとさせられました。
最近は、ふてくされた顔をして、仕事をしているからです。
周りの人には不快な思いをさせているかもしれません。
申し訳ない。
楽しい映画でした。
2008年12月12日金曜日
里山ビジネス
平成20年12月11日
集英社新書、里山ビジネス、玉村豊男
目次もろくに見ずに、タイトルだけで買ってしまった本。
タイトルからして、旅行会社とかのシンクタンクの人か、観光学の学者さんあたりが書いたのかな、
と思っていましたが、予想は外れ。
実際に、里山ビジネスを、(ビジネスという気負いもなく)やってしまった人、の体験談が
メインに記されていました。
玉村氏の成功の一番の要因は、自分のやりたいことを、地道にやった、ということだと思います。
単に田舎暮らしにあこがれて田舎で商売を始めた、わけではなく、
氏は交通も不便な所にワイナリーをオープンしたわけですが、
その10年も前から、自ら畑を耕しブドウを作っていたのでした。
素晴らしいと思います。
氏の記述の中で印象的だったのが、
「行政がイニシアティブを握ると、<中略>。多くの人が決定にかかわるため、
最大公約数の答しか出せない<以下略>」
という記述がありました。
これは、私が行政が手がける事業を委託される立場の仕事をしているので、
よくわかります。
具体例は示しませんが、玉村氏の記述と同様のことを、しばしば感じます。
後半部分は、「観光」のほどよい「あり方」についての示唆に富んだ記述もあり、
とても勉強になりました。
氏の事業が、
今後もほどよい規模で末永く続いてほしいな、と思います。
そして、ブームが少し下火になったころに、尋ねてみたいな、と思います。
集英社新書、里山ビジネス、玉村豊男
目次もろくに見ずに、タイトルだけで買ってしまった本。
タイトルからして、旅行会社とかのシンクタンクの人か、観光学の学者さんあたりが書いたのかな、
と思っていましたが、予想は外れ。
実際に、里山ビジネスを、(ビジネスという気負いもなく)やってしまった人、の体験談が
メインに記されていました。
玉村氏の成功の一番の要因は、自分のやりたいことを、地道にやった、ということだと思います。
単に田舎暮らしにあこがれて田舎で商売を始めた、わけではなく、
氏は交通も不便な所にワイナリーをオープンしたわけですが、
その10年も前から、自ら畑を耕しブドウを作っていたのでした。
素晴らしいと思います。
氏の記述の中で印象的だったのが、
「行政がイニシアティブを握ると、<中略>。多くの人が決定にかかわるため、
最大公約数の答しか出せない<以下略>」
という記述がありました。
これは、私が行政が手がける事業を委託される立場の仕事をしているので、
よくわかります。
具体例は示しませんが、玉村氏の記述と同様のことを、しばしば感じます。
後半部分は、「観光」のほどよい「あり方」についての示唆に富んだ記述もあり、
とても勉強になりました。
氏の事業が、
今後もほどよい規模で末永く続いてほしいな、と思います。
そして、ブームが少し下火になったころに、尋ねてみたいな、と思います。
2008年12月7日日曜日
TOKYO!
という、映画を観ました。
ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノの3人が描いた
3本のショートストーリーからなるオムニバス映画。
私は東京に2年しか住んでいませんが、
まあ、でかいと言えばでかい街なのだと思います。
その辺は、個人個人によって感じ方が違うでしょう。それぞれの人生の背景に拠るのかもしれません。
でかくて、人がいっぱいいます。
そんな街では、自分のすぐ近くなのに、自分の知らないことが起こってしまう。
不確定要素が大きいです。
たとえば、第2話、レオス・カラックスの、「メルド」のような。
でかい街とは相対的に、とても小さい自分を守る。自分の思い通りになる空間に閉じこもる。
それが、弟3話、ポン・ジュノの「シェイキング東京」。
第1話のイスになってしまった女の子は、
精神分裂の比喩と解釈できます。
精神分裂も、自己防衛の本能的な手段のひとつ、とものの本で読んだ記憶があります。
個人主義とか自己責任とかいう言葉も、全体に目を配らないというか、自分良ければ、的な発想です。
東京において特によく当てはまるというか、都会を生き抜く知恵なのでしょうが、
私はあまり好きではありません。
私は他人に対して優しをもって接したいなあ。
という、映画を観ました。
ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノの3人が描いた
3本のショートストーリーからなるオムニバス映画。
私は東京に2年しか住んでいませんが、
まあ、でかいと言えばでかい街なのだと思います。
その辺は、個人個人によって感じ方が違うでしょう。それぞれの人生の背景に拠るのかもしれません。
でかくて、人がいっぱいいます。
そんな街では、自分のすぐ近くなのに、自分の知らないことが起こってしまう。
不確定要素が大きいです。
たとえば、第2話、レオス・カラックスの、「メルド」のような。
でかい街とは相対的に、とても小さい自分を守る。自分の思い通りになる空間に閉じこもる。
それが、弟3話、ポン・ジュノの「シェイキング東京」。
第1話のイスになってしまった女の子は、
精神分裂の比喩と解釈できます。
精神分裂も、自己防衛の本能的な手段のひとつ、とものの本で読んだ記憶があります。
個人主義とか自己責任とかいう言葉も、全体に目を配らないというか、自分良ければ、的な発想です。
東京において特によく当てはまるというか、都会を生き抜く知恵なのでしょうが、
私はあまり好きではありません。
私は他人に対して優しをもって接したいなあ。
2008年12月5日金曜日
沖縄の基地
今日は、沖縄の話です。
申し遅れましたが、わたくし、沖縄在住。2年目になります。
沖縄は、やはり一つの県で一つの国、という気がします。
沖縄には、たくさんの米軍基地があります。
沖縄県の面積2千400平方キロのうち、230平方キロ、つまり、
県の土地の約十分の一が米軍基地です。
地域によっては、もっと大きな割合を米軍基地が占めています。
さて、話は沖縄県名護市。
普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古に建設する計画が持ち上がり、
賛否をめぐる壮絶な戦いののち、
結局建設が進められることになりました。
本日放送されたテレビ番組によると、
ここ10年で、国は名護市に390億円を、基地受け入れの見返りに支払った、ないしは投資した、
のだそうです。
沖縄の問題を、
在住2年目の私が云々言えるわけではありませんが、
沖縄は自立を!
私は自律を!
申し遅れましたが、わたくし、沖縄在住。2年目になります。
沖縄は、やはり一つの県で一つの国、という気がします。
沖縄には、たくさんの米軍基地があります。
沖縄県の面積2千400平方キロのうち、230平方キロ、つまり、
県の土地の約十分の一が米軍基地です。
地域によっては、もっと大きな割合を米軍基地が占めています。
さて、話は沖縄県名護市。
普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古に建設する計画が持ち上がり、
賛否をめぐる壮絶な戦いののち、
結局建設が進められることになりました。
本日放送されたテレビ番組によると、
ここ10年で、国は名護市に390億円を、基地受け入れの見返りに支払った、ないしは投資した、
のだそうです。
沖縄の問題を、
在住2年目の私が云々言えるわけではありませんが、
沖縄は自立を!
私は自律を!
2008年11月30日日曜日
今日は、まだ購読中ですが、
山之口貘さん(1903年(明治36年)9月11日 - 1963年(昭和38年)7月19日)の随筆
沖縄随筆集 について。
随筆のなかのひとつには、
沖縄には武器がなかった。→平和を愛する心の一因ではないか。という記述がありました。
まあそれは、
支配者により庶民への強制であり、沖縄自体が非武装の国であった、ということではなく、
支配層は武器を所持ていた、ということのようです。
(貘さんの随筆を批判したいわけではありません)
ただ、武器の所持禁止が支配層による強制であったにせよ、
(ここからは根拠のない邪推です。いずれ勉強しようと思います。)
琉球王朝が交易である程度栄え、庶民からの年貢の取り立てもさほど厳しくなかったならば、
武器などで戦う必要もなくある程度平穏な暮らしができていた。
のかもしれません。
うちなんちゅが平和を愛する心が、ひときわ強い、とすれば、それは
上述のような歴史的背景が、あったのかもしれないな、
と思ったりしました。
今度、勉強してみます。
山之口貘さん(1903年(明治36年)9月11日 - 1963年(昭和38年)7月19日)の随筆
沖縄随筆集 について。
随筆のなかのひとつには、
沖縄には武器がなかった。→平和を愛する心の一因ではないか。という記述がありました。
まあそれは、
支配者により庶民への強制であり、沖縄自体が非武装の国であった、ということではなく、
支配層は武器を所持ていた、ということのようです。
(貘さんの随筆を批判したいわけではありません)
ただ、武器の所持禁止が支配層による強制であったにせよ、
(ここからは根拠のない邪推です。いずれ勉強しようと思います。)
琉球王朝が交易である程度栄え、庶民からの年貢の取り立てもさほど厳しくなかったならば、
武器などで戦う必要もなくある程度平穏な暮らしができていた。
のかもしれません。
うちなんちゅが平和を愛する心が、ひときわ強い、とすれば、それは
上述のような歴史的背景が、あったのかもしれないな、
と思ったりしました。
今度、勉強してみます。
2008年11月28日金曜日
2008年11月26日水曜日
2008年11月25日火曜日
バーボンストリートブルース
今日は、最近読んだ、
バーボンストリートブルース について。
これは、高田渡さんの自伝です。
もちろん、生前に書かれた(テープに吹き込んだ)ものですが、
ご本人は、残念ながら2005年4月16日に亡くなりました。
彼の本を読んでいると、
心が落ち着く、というか、
彼のように、がんばるでもなく、無気力になるわけでもなく、斜に構えるわけでもなく、
彼は彼の考えに基づいて生きた、ということが伝わってきます。
何かのテレビ番組で、彼が
「自衛隊に入ろう」について話していたときの、
(世に)出てしまったものは、「ウンコションベン」だから、云々・・・
という言い回しがとても気に入っていたのですが、
本を読んでみると、
オリジナルの出所は、詩人の金子光春さんの言葉であるようです。
それが、パクりだとかと言いたいわけではなく、
高田さんのスタイルのひとつとして、詩人の言葉にメロディを付けていたわけで、
ウンコションベンも、高田さんが、金子さんの言い回しを気に入ってのことだったのでしょう。
おならも忘れずに出しましょう!!!
バーボンストリートブルース について。
これは、高田渡さんの自伝です。
もちろん、生前に書かれた(テープに吹き込んだ)ものですが、
ご本人は、残念ながら2005年4月16日に亡くなりました。
彼の本を読んでいると、
心が落ち着く、というか、
彼のように、がんばるでもなく、無気力になるわけでもなく、斜に構えるわけでもなく、
彼は彼の考えに基づいて生きた、ということが伝わってきます。
何かのテレビ番組で、彼が
「自衛隊に入ろう」について話していたときの、
(世に)出てしまったものは、「ウンコションベン」だから、云々・・・
という言い回しがとても気に入っていたのですが、
本を読んでみると、
オリジナルの出所は、詩人の金子光春さんの言葉であるようです。
それが、パクりだとかと言いたいわけではなく、
高田さんのスタイルのひとつとして、詩人の言葉にメロディを付けていたわけで、
ウンコションベンも、高田さんが、金子さんの言い回しを気に入ってのことだったのでしょう。
おならも忘れずに出しましょう!!!
2008年11月24日月曜日
アメリカばんざい
今日は「アメリカばんざい」という映画を見てきました。
といっても、親米主義の映画ではなく、むしろ逆で、
退役軍人を待ち受けている厳しい現実をドキュメンタリーとして追いつつ、
軍隊や戦争に疑問を投げかける、というものでした。
(↑ちょっと語弊があったらご指摘ください。)
私はあまり知識を持っていなかったのですが、
今のアメリカでは、軍隊に入りたい、と希望する人が非常に少ないのだそうです。
それもそのはず、
映画では、イラク戦争で兵士たちが体や心に傷を負って帰国しても
その後の政府による生活の保障がほとんどなく、生活苦に喘ぐ元兵士たちの姿が克明に記録されていました。
負傷した元兵士たちは、職にもありつけず、
ホームレスになったり自ら死を選んだり、、、というケースが非常に多いのだそうです。
この先アメリカも、
戦争するお金も人も、なくなるんじゃないかな。
そんな気もしました。
ただ、もしそうなったとき、
監督は、(←上映後に映画監督のトークショーがありました。)
「辺野古に基地を作ったら、日本人がそこから戦争に行くことになるよ」
とおっしゃっていました。
正確には、監督も、辺野古のおじい・おばあにそう言われたのだそうで、
今回の映画のための取材で、「それがよく理解できた」と、感想を語っていらっしゃいました。
といっても、親米主義の映画ではなく、むしろ逆で、
退役軍人を待ち受けている厳しい現実をドキュメンタリーとして追いつつ、
軍隊や戦争に疑問を投げかける、というものでした。
(↑ちょっと語弊があったらご指摘ください。)
私はあまり知識を持っていなかったのですが、
今のアメリカでは、軍隊に入りたい、と希望する人が非常に少ないのだそうです。
それもそのはず、
映画では、イラク戦争で兵士たちが体や心に傷を負って帰国しても
その後の政府による生活の保障がほとんどなく、生活苦に喘ぐ元兵士たちの姿が克明に記録されていました。
負傷した元兵士たちは、職にもありつけず、
ホームレスになったり自ら死を選んだり、、、というケースが非常に多いのだそうです。
この先アメリカも、
戦争するお金も人も、なくなるんじゃないかな。
そんな気もしました。
ただ、もしそうなったとき、
監督は、(←上映後に映画監督のトークショーがありました。)
「辺野古に基地を作ったら、日本人がそこから戦争に行くことになるよ」
とおっしゃっていました。
正確には、監督も、辺野古のおじい・おばあにそう言われたのだそうで、
今回の映画のための取材で、「それがよく理解できた」と、感想を語っていらっしゃいました。
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